1年未満で会社辞めた話
こんにちは、えびちゃんです。
この記事は””甘え””で出来ています。
「私の方が不幸だ」「私の方が条件が悪い」といった不幸なマウントはお控えください。
ただ、ただ、私が辛かったなと2019年を締めくくる記事になります。
2019年4月から順に振り返って行こうと思います。
- 2019年4月 雇用契約書の控えも就業規則もない
- 2019年5月 規則は無いが注意はされる
- 2019年6月 飲み会の強要
- 2019年7月 記憶が無い
- 2019年8月 彼氏とリア友に看病される
- 2019年9月 台風でも強制出社
- 2019年10月 罵倒暴言悪口だらけの職場
- 2019年11月 初めての海外出張・教育は当然無し
- 2019年12月 信頼できるのはボイスレコーダーと法律だけ
2019年4月 雇用契約書の控えも就業規則もない
私は新卒として大学を卒業して入社した。
内定はいくつか貰っていたが、納得出来るものではなく、就活は長引いた。
希望部署への配属(職種別採用だった)と家からの距離が合致しての入社だった。
企業理念とか「共感します!」何て言ってたけど、どうでもよかった。
入社する前に説明のようなものがあり雇用契約書を書いた。
その場で書くように強要され、サインするまで社長が隣で眺めていた。
その時社長はとてもニコニコしていたが、座っている私と立っている社長。
心臓がドッドッドと鳴っていた事を覚えている。
なにせ私は小心者だからだ。
その場でサインをした(させられたと感じている)が、雇用契約書の控えは貰えなかった。
引用URL(https://www.bengo4.com/c_5/n_7513/)
大学時代アルバイトを行っていた時は就業規則が配られた。
個人情報を多く取り扱うバイト先だったため、とても細かく規則があった。
今回も似たような業種だった為あるのだろうと思ったが、就業規則の提示はなかった。
こちらから「就業規則を教えてほしい」と言った事はあるが、最後まで開示された事は無い。
そして、入社日。
私は職種別採用だった筈が、””営業職””として配属された。
希望職以外に配属されるとモチベーションが下がった。
何の為に長期間就活をしていたのか分からない。
遊ぶのも我慢した。研究は我慢できなかったから睡眠時間を我慢した。
2019年4月、私は早々の退職を決意した。
2019年5月 規則は無いが注意はされる
研修期間がそろそろ終わるころ、少し暑くなってきたのだろう。
私は春の少し厚手のスカートからフレアスカートへと衣替えをした。
色合いも形も丈もほぼほぼ同じ画像があったので参考として見てほしい。
すると上司から全社員の前でこう言われた。
「そのスカートはどうなんだ?」
私は良く分からなかった。
スカートに何かゴミでもついてるかと思ったが、スカートが””けしからん””らしい。
私は心の中で首をひねった。
周りの社員はジーパン・サンダル・エスニックなロングスカート・スニーカー等自由だったからだ。
実際求人票にも「服装自由」と書かれていた。
にも関わらず何故注意されていたのか、正直良く分からなかった。
良く分からなかったが弊社では上司には「申し訳ございません」と「はい、かしこまりました」以外口を開く事が出来ないので言った。
「申し訳ございません」
私は再度総務に就業規則の提示をお願いした。
「服装規定は就業規則に載っていない。上司の好みです。」
全く持って良く分からなかった。話にもならなかった。
会社に服装まで指定されるなら、スーツの方がマシではと思いスーツを買った。
どの道営業なので、スーツは必需品だと思ったからだ。
そうしたらある日また全員の前で嫌味を言われた。
「スーツなんて女が着ててもね。もう少し考えなさい。」
次の日から私は社内の日は黒と白のスウェットで出社した。
どんな服装でも気に食わないなら、しまむらのスウェットが安価でコスパが良かった。
2019年6月 飲み会の強要
この2ヶ月でもう面倒くさくなっていた。
同期はとても有難かったし、精神的な面で支え合ってた。
その日は確か水曜日か木曜日だったと思う。
FGOでワクワクしてた記憶があるから。
すると社内メールで1通こんなメールが来た。
「今週金曜日に飲み会を社長が開催して下さいます。
6月○日(金) 19:00~ 会社前に集合」
当然、不参加したい。
参加したところで、お酒の強要・芸の強要・自己紹介・接待が待っている。
先輩に用事があると相談したところ
「社内行事は基本的に急。1年目だし不参加は絶対に駄目」
参加不可避草通り越して森。
飲み会会場は職場から1時間程度かかる山の中で行われた。
草通り越して森が冗談じゃなくなった。
周りには駅もなく、タクシーなんて通りかからない。
まさに閉鎖空間。中座なんて出来ない。
そこで想像通り””自己紹介””をさせられた。
彼氏の有無、好きなタイプ、職場内で好きなタイプ等言わされるはめになった。
プライベートの事は一切話したくない為全て嘘をついた。
※しかし、私の履歴書は採用に関係ない一介の事務員が把握していた
お酌をし、笑顔を強要され、お酒を無理矢理飲まされた。
酒にそこまで強くないので、吐いたが、吐いても飲まされた。
苦痛だった。
とにかく私は苦痛だった。
その時の私の心理がiPhoneにメモってあるので一部抜粋する。
殺してやる。絶対に殺してやる。
殺すまでは屈しない。死ね。殺す。殺す。
お前がフッ化水素酸飲み干すまで眺めてやる。
一族郎党皆殺しだ死ね。
ーーーiPhoneのメモより一部抜粋
当然ながら私は殺人をしていないし、それほどの気持ちだったというだけです。
もし殺人してたら私は小心者なので、こんな風にブログなんて書けない。
今後も毎月のようにこの行事がある。
勿論強制参加で。
2019年7月 記憶が無い
ツイッターでは凄い虚勢を張っていた記憶はちょっとある。
この頃から、仕事と寝る事以外殆どしてない。
貯金がえげつない位たまっていった。
ご飯もまともに食べてなかったし、意識が常に朦朧としていた。
不満や虚勢をはることで、一応生きてるんだよって主張してた気がする。
4月から大親友のリア友と一切連絡を取ることが出来ず、相当心配をかける。
2019年8月 彼氏とリア友に看病される
仕事と寝る以外やってなかった私がヤバいということで外に連れ出してもらう。
FGOFesやD海へ行った。
仕事の記憶はないけど、この二日間の記憶はすごくある。
FGOFesで大好きな方と握手したり、フリー配布の物を貰ったり。
英雄王と写真撮った時は腰抜けてただのメスになってた。
D海も楽しかった。ソアリン実装して間もなかったけど、なんとか乗れた。
凄かった。世界はこんなに広くて綺麗なのに、私の居る所はなんて狭いんだって思った。
2019年9月 台風でも強制出社
9月8日(日) 台風が上陸した。
千葉県は勿論、今現在でも爪痕が残っている地域があるのは知っての通りだと思う。
私の住んでいる地域や職場までの交通網も被害に遭った。
月曜日、上司から電話があった。
「何があっても朝定時に出勤するように」
馬鹿らしかった。どう考えても無理だろうと。
前述の通り規則はないため、定期外で通勤したとしてお金が戻ってくる確証はない。
交通網の安全確認が済み、ツイッターでも大丈夫だというツイートが頻出してから私は出勤した。
その時言われた言葉
「社会人なのになぜ定時で出勤できない?」
凄い剣幕で怒る上司。
定期外の交通費や手当は出ず、1日満額の給料は出ず、サビ残させられた。
2019年10月 罵倒暴言悪口だらけの職場
4月からそうではあったけど、あまりにも記憶が無いので全体的な話。
元職場は所謂トップダウンだった。
「会社の悪口をどうせ言うから、同期同士の飲み会を禁止する」
なんて決まりを作る位には頭のおかしい会社だった。
理不尽な命令や、言動も多くあったが””社長””だから当然らしい。
世間の会社ではよくある事なのか、無い事なのか分からないが会議が多い。
月に9回行われている。
週会議(部署内朝礼・全体朝礼・事務抜会議)と月の営業会議だ。
中身というのが恫喝恐喝しかないので、全員目が死んでるし誰も喋らない。
社長がひたすら全社員の前で特定の人を恫喝恐喝怒鳴り散らす。
それだけだ。
「お前の親は○○だからお前はこうなんだ」
「性根が悪いからこうなんだ」
「馬鹿だからこうやるんだろう」
こんな言葉は普通に飛び交っている。
当然新人にも飛ぶ暴言に、自分自身への言葉にもだが、空間にストレスを感じていた。
ここに参加していない事務から
「えびさんの営業電話絶対に受けたくない」
「営業なら土日でも社用携帯をとることが当然なんだよ」
なんて要らぬアドバイスも頂き、大変有難いので死ねと思いました。
「私デブとハゲは嫌いなんだよね」
なんて公共の場で大声で言う品の無さなので、存在を無視していました。
彼女によって1人事務員が辞めてしまった実績もあります。
なお、この人と私はほぼ同期です。
2019年11月 初めての海外出張・教育は当然無し
初めて海外出張を任された。
何をしていいかわからないから、とにかく周りに聞いたりした。
教育がないので当然マニュアルはない。
空回りしながらも、コミュニケーションを取りながら仕事をしていた。
資料を入念に作成し、クライアントへの不安を消したりした。
私自身も不安だったため、入念に色々周囲に聞いていた。
出張直前、私の海外出張取消と社長が言った。
準備したのは殆ど私だ。
何もしてない同期・引率役の上司は出張確定。
意味が分からなかった。
しかも、これは水面下で行われ、私には全く通知されてなかった。
調整を重ねて、連絡をして、資料を作って、営業をした。
それでも定時に帰りたかったから、とても忙しかった。
でもクライアントや当日対応者へのやりとりも完璧だった。
一生懸命行ってた事が馬鹿らしくなった。
最終的に行ける事にはなった。行く気はあまりなかった。
海外と言っても、別に皆が憧れる国ではない。
元々行きたくなかった。仕事だから頑張った。
私は会社を辞める決意をした。
2019年12月 信頼できるのはボイスレコーダーと法律だけ
私は会社を辞めた。
もう散々だった。
私は””普通””に仕事をしたいだけだった。
最終的に私が社会人になってから学んだ事。
それは、信頼できるのはボイスレコーダーと法律だけ。
法律に違反している証拠を残し、弁護士に情報を渡し、退職すると割と円滑に進む。
ここに書いてない事も色々あった。
でも、これが””甘え””なのだと思うと、社会人というのは凄いと思う。
会社の人は信頼してはいけないし、仲間じゃないし、敵でもない。
ただ、そこにある利用価値があるか・ないかだけの存在。
労働は神から与えられた罰である。
その価値観、同意します。
元職場は未だに新卒を募集しています。
今の時期に新卒を募集している企業はろくな企業じゃない。
新卒でまだ就職が決まってない人へのアドバイスとして1つの選択肢。
就職留年が難しい人はアルバイトか契約社員が良いと思う。
派遣は直接雇用じゃないからダメ。
興味のある分野の会社にアルバイトか契約社員で入社。
働きながら就職活動するのが良いんじゃないかなって私は思う。
もう一度言うけど、今残ってる企業の中には上記の内容の会社がある。
何故残っているのか。何故募集しているのか。
ついでにいうと、私の会社は退職率を誤魔化している。
以上、2019年4月以降の振り返りでした。